代表挨拶
領域代表
今堀 博
京都大学大学院工学研究科・教授
光が関わるエネルギー変換は自然界や科学技術で散見されます。例えば、光合成における光・化学エネルギー変換、視神経回路及び太陽電池における光・電気エネルギー変換、ディプレイにおける電気・光エネルギー変換が代表的な例として挙げられます。これらのエネルギー変換の学理を構築し、高機能化していく取り組みは、日本が豊かで持続可能な社会を実現していく上で、今後ますます必要になってくると思われます。
さて、上記のエネルギー変換過程では、電子移動反応が中心的な役割を担っており、マーカスの電子移動理論はその発展に大きく貢献してきました。一方、分子系において、原子核の運動が、電子移動反応に関わる電子やスピンの振る舞いに時間発展的に働くことは重要視されてきませんでした。しかしながら、近年、分子系における動的揺らぎや振動などが励起状態生成、電荷分離効率、電荷解離などに関与することが見出されてきています。すなわち、電子やスピンへのこれらの動的効果に着目し、分子設計に積極的に取り入れることができれば、新しい分子科学・機能材料化学を切り開けると期待されます。
例えば、我々はドナーとしてポルフィリン、アクセプターとしてフラーレンを用いた連結分子において、ポルフィリンの励起状態からフラーレンに電子移動が起こることで、まず一重項電荷分離状態が生成し、これが電荷移動(CT)性の三重項状態に変換された後、三重項電荷分離状態が効率よく生成することを発見しました。これは架橋部の動的揺らぎに加えて、フラーレンのp軌道が3次元的に配向し、スピン軌道相互作用が増強した結果です。また、ドナー、アクセプターの配向と距離を制御した熱活性遅延蛍光分子を設計し、CT性励起三重項状態から、局所励起三重項状態を経由して、CT性励起一重項状態を超高速で生成できることも見出しています。この熱活性遅延蛍光は電荷分離過程と逆向きですが、CT性状態を介した類似の変換過程とみなせます。このように動的効果を導入することで励起状態、CT状態、電荷分離状態(ここでこれらの状態を統合的に「エキシトン」と定義します)を相互に自在に操れれば、さらなる高機能化が期待できます。
これらを背景に本学術変革領域では、各学術分野で別々に発展してきた「エキシトン」を統合的、包括的に扱い、さらに動的要素を加えた「動的エキシトン」を提案します。すなわち、動的エキシトンを取り入れた光化学の学理を再構築し、動的要素に着目した学術変革を達成することで、有機化学、物理化学、分子科学、材料科学、生命科学、光化学の領域で新たな領域を切り開きます。さらに、エレクトロニクス、エネルギー、医薬・医療、機能性材料などの多様な光機能開拓の実現を目指します。また、その過程において、次世代を担う若手・女性研究者を育成することにも力を入れて参ります。本領域の活動に、多くの方がご興味をもって頂き、さらに多大なご支援を頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
領域代表 京都大学 今堀博